CLOSE

卒業生の活躍

卒業生の活躍

麻生 泰さん(関西創価高校 15期生)

PROFILE

東京美容外科統括院長

奈良県生まれ。関西創価小学校、関西創価中学校、関西創価高校と一貫教育で学び、医学部に進学後、慶應義塾大学医学部大学院にて医学博士号を取得。医療法人社団東美会理事長、東京美容外科統括院長。公益社団法人 国際音楽芸術振興財団 代表理事を務める。
著書に『チェンジの法則』(扶桑社)がある。

学園の先生方は成功の種を植えてくれた

私は、高校時代に医学部を志し、3年間の浪人生活を経て、藤田医科大学の医学部に入学しました。受験当時、苦しくて何度もあきらめそうになりましたが、学園時代の創立者からの激励を胸に、挑戦を続けることができました。
医学部卒業後は、大阪医科大学に研修医として勤務しました。形成外科教室で火傷治療や切断指の治療、癌切除後の再建手術を担当。その後、大学院に進み、血管解剖を研究していた頃、父の事業が倒産しました。私が家族全員を養わなければならず、悩んだ末に研究をやめ、美容外科医に転向することを決意しました。

奈良に「学園前美容外科」を開院し、その2年後、「東京美容外科」の第1号院を島根県に開業しました。たちまち評判となり、事業は波に乗るかと思いましたが、様々な苦境に見舞われました。ところが、不思議なことにピンチを乗り越えるたびに、事業を拡大でき、基盤を築くことができました。
事業が軌道に乗る中で、私は何のために医師になったのかを問い直し、研究分野で結果を残すため、慶應大学・医学部大学院への入学を決意。入学後は、昼間仕事をしながら夜間に研究をする日々に、心が折れそうになりました。しかし、奮起して、「頭皮の血管解剖における三次元解析」との研究論文を書き、それが認められ、医学博士号を取得することができました。

今までの事業のこと、医学博士を取得したことなどをお手紙に書いて創立者へご報告すると、大変に喜んでくださり、さらに感謝の思いが深まりました。
思い起こせば、学園の先生方は、創立者よりお預かりしている人材だからと、私たちを大切に育んでくださいました。その思いが、私の心に成功の種を植えてくれたのだと思います。

手術中の麻生さん

現在は、音楽を通して社会に貢献しようと、年4回の無料クラシックコンサートや、若手音楽家の支援、青少年への楽器の貸与などの活動もしています。また、韓国と日本の優秀な演奏家を相互に派遣し、コンサートを開催しています。韓国でトップレベルのロッテコンサートホールで大成功することができ、音楽が国境を越えることを実感しました。

関西創価小学校の卒業時に、創立者から頂いた言葉があります。
「ぼくのゆく道は きまっている わたくしのゆく道もきまっている それは『平和』と『文化』の山にゆく道 そのためにいつも身体をきたえ 学ぶことを忘れない」というものです。
私自身、まだまだ挑戦の途上ですが、この指針のままに決意を新たに頑張って参ります。

平田 幸子さん(創価高校 34期生)

PROFILE

脳神経外科医

東京都生まれ。東京創価小学校・創価中学校・創価高校と一貫教育で学び、その後志望していた医学部へと進学。現在、脳神経外科の医師として大学病院に勤務。

創立者に、勝利を誓い、勝利をご報告する。

私は現在、脳神経外科医として大学病院に勤務しています。幼い頃から、医師として働く祖父の姿に憧れ、いつしか私も医師になりたいと思うようになりました。

医者という夢を初めて口に出したのは、創価小学校を受験した時でした。試験官の方から、「なぜ創価小学校に入りたいのですか?」と聞かれ、私は「池田先生のお役に立てるお医者さんになりたいからです」と答えました。私の夢が、創立者池田先生への誓いとなった瞬間でした。

運動会で宣誓する平田さん(中央)

東京創価小学校・創価中学校・創価高校と一貫教育で学び、学園時代には池田先生と沢山の原点を築かせていただきました。池田先生との初めての出会いは、池田中央体育館での記念撮影です。私たち学園生一人一人の顔を見て、笑顔で話しかけてくださる先生の姿を見た時、学園生に対する温かな真心に、感動でいっぱいになりました。その日から、必ず医師になって先生に勝利のご報告をしようと改めて決意し、大学の医学部合格に向けて勉強に励みました。勉強量は人の三倍と決め、毎回のテストの時には満点を目指して猛勉強。また、健康な体を作るため、栄養や睡眠などの体調管理も心がけ、小学校から高校まで一日も休まずに通いました。とても苦労しましたが、学園生時代に粘り強く学んだことが今の自分の土台となっていることを実感しています。
こうした努力を積み重ねた結果、念願であった医学部に合格。高校を卒業する3月16日の創価学園卒業式では、池田先生が校歌「草木は萌ゆる」の指揮を執ってくださり、渾身の激励をいただきました。大学入学後は、想像以上に大変な勉強が待ち構えていましたが、その度に、池田先生との誓いを思いおこし、負けじ魂で乗り越えました。そして、難関の医師国家試験の合格を勝ち取り、大学も一番の成績で卒業することができました。卒業時に、“創価高校出身”と紹介されたことが、一番の誇りとなっています。創立者・池田先生に自身の夢を誓い、目標に向かってどんな困難にも挑戦する。そして、勝ちました!と勝利のご報告をする。これが、学園生の夢を叶える秘訣だと、私は信じています。

現在、大学病院に勤務して10年目となります。脳卒中や、脳の腫瘍、てんかんなどの手術をしており、1回の手術にかかる時間は約10時間になることも。日々かなりの集中力が必要となりますが、池田先生からの激励を胸に奮闘しています。池田先生が私たち学園生を大切に見守ってきてくださったように、私も患者さん一人一人に寄り添い、心から大切にできる医師を目指してまいります。

手術中の平田さん

犬飼 希望さん(関西創価高校 32期生)

PROFILE

デポール大学講師

大阪府生まれ。関西創価高校、アメリカ創価大学に学び、デポール大学教育学博士課程に在籍しながら、デポール大学講師やデポール大学池田大作教育研究所研究員等を勤める。2020年の6月に博士号を取得予定。

世界中の子どもたちが創価の人間教育を受けられるように

父の仕事の都合で、幼少期はイタリアとイギリスで過ごしました。小学生の時に日本に帰国した後は文化の違いから学校での人間関係に悩みました。学校が嫌いでたまらなかった時に関西創価高校オープンキャンパスで見た学園生の生き生きと楽しそうな姿に惹かれ、受験を決意。32期生として入学することができました。原点となったのは高校2年時に行われた創価大学研修です。実行委員の一員として、学年一丸となって創立者のもとへ向かえるよう、日々奔走しました。研修最終日には、学年全員でパラグアイのイタプア大学から創立者に対する名誉博士号授与式に出席させて頂き、創立者に学年全員を「新世紀三十年会」と命名して頂きました。卒業後も毎年総会を開いており、私も海外責任者としてオンライン会議で総会を企画しています。

関西創価高校卒業後はアメリカ創価大学(SUA)に進学しました。在学中は創価教育学生研究プロジェクトに所属し、2009年には創価教育の歴史と哲学についてのパネル展示の企画運営に携わりました。4年次には学生主催の創価教育会議で、「中国における池田大作研究、 創価教育学体系の日本語原文と英訳の比較」という2本の研究論文を発表(2012年と2013年にそれぞれアメリカの教育学術誌に寄稿)しました。

アメリカ創価大学卒業式(両親と)

その後、創価教育を実践する教師になろうと決意し、クレアモント大学院に進学。教育の修士号とカリフォルニア州の小学校教員免許及びバイリンガル教育資格を取得し、カリフォルニア州グレンデール市の公立小学校で教員として採用されました。
2015年、SUA卒表時に創立者へ誓った「世界中に創価教育を広める」との誓いを胸に、改めて研究の道に進むことを決め、アメリカにおける池田・創価教育研究の第一人者である、ジェイソン・グーラー博士のいるシカゴのデポール大学に進学しました。

デポール大学には池田大作教育研究所があり、そこで最初の研究員として採用して頂き、池田・創価教育研究国際会議等のイベントの企画・運営に携わっています。また、2018年には、グーラー博士と共著で、池田先生の師であり、教育者であった戸田先生に関する初の英語論文と戸田先生の最初の著書の英訳を学術誌に寄稿。さらに世界初の修士課程プログラム「世界市民育成のための価値創造教育」では講師として教えています。

デポール大学池田大作教育研究所にて関係教授及び学生と

私の博士論文の研究は、“創価の視点から見た良い教師とは”について人間的な部分と教授法の両面から見ています。ボストンにあるイケダセンターの特別研究員としても、この研究に取り組んでおり、毎年全米の様々な教育学術会議において創価教育関連の研究を発表しています。2020年6月に博士号取得予定であり、創価教育の研究と実践を続けられる仕事を勝ち取る決意です。いつの日か世界中の子どもたちが創価の人間教育を受けられるように、との誓いのままに使命の道を歩んでまいります。

この記事はいかがでしたか?

創価学園について
もっと知りたい方はこちら