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卒業生の活躍

卒業生の活躍

佐藤 英吉さん(創価高校 15期生)

PROFILE

株式会社MIYOSHI 代表取締役社長

東京都生まれ。創価中学校・創価高校に学ぶ。株式会社MIYOSHI 代表取締役社長。創価中学校で起業家教育講師を担当。コロナ禍では、飲食店に1万枚のパーティションを無料で提供し、多数のメディアで取り上げられている。

学園生を支えられる人材になろうと決意

「人のために火をともせば 我がまへあきらかなるがごとし」(人のために火をともしてあげれば、自分の前も明るくなるようなものである)―我が社MIYOSHIの経営理念としております。
創価高校時代は、バスケットボール部や学校行事などで、多くの思い出と、かけがえのない友をつくることができました。高校 1年で母を亡くした時には、学園の同期や先輩・後輩から、たくさん励ましていただき、「負けじ魂ここにあり」との生き方を教えていただきました。
大学卒業後、一般企業に就職しましたが、父の体調不良をきっかけに、父が営む電子機器製造会社へ転職。しかし2001年の夏、父の会社が多額の負債を抱えて倒産。債権者とのやり取り、社員の再就職、工場の片付けなど、目まぐるしい毎日。世間から見放された思いでいた私を支えてくれたのも、学園の友でした。
そんな悩みの渦中にいた2001年9月16日、創立者がご出席された「創価学園21世紀大会」に参加しました。創立者は、「学園出身の経営者の集まりである『鳳栄会』の皆さま方は、荒波の経済界で悪戦苦闘を乗り越え、勝ち越えながら、ある時は母校の後輩たちのために、また、ある時はアメリカ創価大学のためにと、いつも尊い真心からの貢献を続けてくださっている。私は妻と2人で、涙の出る思いで感謝し、合掌しております」と、21世紀鳳栄会について紹介してくださいました。「私も経営者になって、鳳栄会に入り、学園生を支えられる人材になろう」と、決意を新たにしました。
翌年、株式会社MIYOSHIを設立。倒産から学んだ経験を生かしながら、懸命に拡大し着実に売上を伸ばしていきました。そして、念願だった「21世紀鳳栄会」の一員になることができました。その支えとなったのは、まさに学園時代の原点「負けじ魂ここにあり」の精神でした。

その後、「人のために火をともせば」の精神に基づいて、LED照明や電気自動車など、あらゆる開発依頼にも応え、2016年に、カンタン監視カメラ「G-cam」を開発。2017年より創価中学校の起業家教育プログラムの講師も担当しています。「G-camの将来について」というテーマでディスカッションを行い、創価中学生の自由なアイディアも商品開発に取り入れました。現在「G-cam」は、全国に4000台が稼働するまでになりました。

起業家教育プログラムの講師をする佐藤さん

コロナ禍になり、パーティションやサーモカメラ等の要望に応えながら、次々と新製品を世に送り出し、今期は倒産時の3倍の売上を達成する見込みです。
今年に入り、飲食店応援企画「安心Eat」と題して、全国の飲食店に「カンタンパーティション」を無料配布する取り組みを実施。我が社の取り組みが、テレビや数々のメディアで取り上げられました。
現在、関西創価学園出身の妻と、3人の我が子と共に、家族全員が学園出身としての誇りを胸に使命の道を歩んでいます。これからも学園建設の一翼を担う人材へと成長して参る決意です。

飲食業者に無料提供した
『カンタンパーティション』

麻生 泰さん(関西創価高校 15期生)

PROFILE

東京美容外科統括院長

奈良県生まれ。関西創価小学校、関西創価中学校、関西創価高校と一貫教育で学び、医学部に進学後、慶應義塾大学医学部大学院にて医学博士号を取得。医療法人社団東美会理事長、東京美容外科統括院長。公益社団法人 国際音楽芸術振興財団 代表理事を務める。
著書に『チェンジの法則』(扶桑社)がある。

学園の先生方は成功の種を植えてくれた

私は、高校時代に医学部を志し、3年間の浪人生活を経て、藤田医科大学の医学部に入学しました。受験当時、苦しくて何度もあきらめそうになりましたが、学園時代の創立者からの激励を胸に、挑戦を続けることができました。
医学部卒業後は、大阪医科大学に研修医として勤務しました。形成外科教室で火傷治療や切断指の治療、癌切除後の再建手術を担当。その後、大学院に進み、血管解剖を研究していた頃、父の事業が倒産しました。私が家族全員を養わなければならず、悩んだ末に研究をやめ、美容外科医に転向することを決意しました。

奈良に「学園前美容外科」を開院し、その2年後、「東京美容外科」の第1号院を島根県に開業しました。たちまち評判となり、事業は波に乗るかと思いましたが、様々な苦境に見舞われました。ところが、不思議なことにピンチを乗り越えるたびに、事業を拡大でき、基盤を築くことができました。
事業が軌道に乗る中で、私は何のために医師になったのかを問い直し、研究分野で結果を残すため、慶應大学・医学部大学院への入学を決意。入学後は、昼間仕事をしながら夜間に研究をする日々に、心が折れそうになりました。しかし、奮起して、「頭皮の血管解剖における三次元解析」との研究論文を書き、それが認められ、医学博士号を取得することができました。

今までの事業のこと、医学博士を取得したことなどをお手紙に書いて創立者へご報告すると、大変に喜んでくださり、さらに感謝の思いが深まりました。
思い起こせば、学園の先生方は、創立者よりお預かりしている人材だからと、私たちを大切に育んでくださいました。その思いが、私の心に成功の種を植えてくれたのだと思います。

手術中の麻生さん

現在は、音楽を通して社会に貢献しようと、年4回の無料クラシックコンサートや、若手音楽家の支援、青少年への楽器の貸与などの活動もしています。また、韓国と日本の優秀な演奏家を相互に派遣し、コンサートを開催しています。韓国でトップレベルのロッテコンサートホールで大成功することができ、音楽が国境を越えることを実感しました。

関西創価小学校の卒業時に、創立者から頂いた言葉があります。
「ぼくのゆく道は きまっている わたくしのゆく道もきまっている それは『平和』と『文化』の山にゆく道 そのためにいつも身体をきたえ 学ぶことを忘れない」というものです。
私自身、まだまだ挑戦の途上ですが、この指針のままに決意を新たに頑張って参ります。

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