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卒業生の活躍

卒業生の活躍

大野 正勝さん(関西創価高校 28期生)

PROFILE

マンチェスター大学講師

愛知県生まれ。関西創価高校に学び、SUA(アメリカ創価大学)に進学。
その後アメリカのクレアモント大学院大学で心理学の博士号を取得し、本年1月より、イギリスの名門・マンチェスター大学、組織心理学の講師として勤務する。

後輩のため、未来のために「道を開く人」に

地元の愛知を離れ、初めての寮生活や慣れない関西弁のシャワーに悪戦苦闘しながら、私の学園生活は始まりました。2000年12月、中学・高校26期生の卒業記念撮影会が行われ、代表メンバーの一人として参加させていただきました。スピーチの中で池田先生は、「アメリカ創価大学に行きたい人?」と聞かれました。勢いで手を挙げて返事をしたことを今でも鮮明に覚えています。これがSUA進学決意の原点となりました。翌年、学園初の「SUAクラス」(当時)が作られ、SUAを目指す仲間と切磋琢磨しながら、金星寮での生活においても、友人が努力する姿に刺激を受け、挑戦をしていきました。
途中、成績が伸びず、悔しい思いもしましたが、創立者の激励に触れ、絶対にあきらめないと努力を重ねる中、SUA合格を勝ち取ることができました。

SUAを卒業後、進路を模索する中で、後輩たちの道を開きたいとの思いで、一度失敗した大学院受験に、再び挑戦。無事合格をし、産業・組織心理学の修士号に、極寒の地・ミネソタで取り組むことになりました。その中、いつかSUAの教壇に立ちたいという思いが強まっていたこともあり、博士課程への進学を決めました。そして2010年、体感温度でマイナス40度に到達する世界から一転、夏には45度を超えることもあるクレアモントでの学業への挑戦が始まりました。そして、2016年の春、博士号を取得することが出来ました。就職では、研究員職を選び、生活の拠点をロサンゼルスに移し、社会人としてのスタートを切ったのです。不思議にも高校同期の藤井大輔君と職場が同じになり、また、海外フィールドワークで南カリフォルニアを訪れる学園生に出会う機会に恵まれ、その度に元気をもらうこともできました。

博士号取得時に大学の門の前にて

研究員職の最長2年という期限も迫る中、次の就職先がなかなか決まらず就職活動も難航。時を同じく、日本にいる父も大病をわずらっていましたが、今こそ、学園で培った「負けじ魂」で挑む時だと決意し、挑戦していきました。
そんな中、契約満了が数日後に迫ったある日、イギリスの大学より、最終面接の知らせがきました。私の業績・経験では到底無理だろうと思われた大学だったので自分の目を疑いました。背水の陣で臨んだ面接も大成功し、内定をいただくことができたのです。

また、無事に手術を大成功で終えて退院をしていた父も、心から喜んでくれました。
晴れて、本年1月から、マンチェスター大学・組織心理学の講師としてスタートすることができました。この先も後輩のため、未来のために「道を開く人」であれるよう邁進してまいります。そして、一流の学者になりゆくとの誓願も新たに、師弟不二の道を々と歩んでまいります。

松本 泰暢さん(札幌創価幼稚園 17期生)

PROFILE

北海道・北広島市役所勤務

北海道生まれ。創価高校、創価大学に学び、北海道・北広島市役所に勤務。公共用地の取得に関わる交渉事務を経て、総務部・総務課に最若手として配属。
2019年度からは保健福祉部に勤務し、障がい福祉の中核を担っている。

師の激励を胸に、苦難を乗り越え、使命の人生を歩む

私は、男3人兄弟の三男坊で、元気で明るい少年へと成長。創価幼稚園に通園していた私に人生の原点が刻まれたのは1992年8月28日。来園された池田先生から直接、園児たちにパンとジュースを頂いた際、私は、真っ先に奪い取るようにしてパンとジュースを頂き、その場でパン、ジュースを食べ、飲み干したあげく、そのごみを直接先生に返してしまったのです。周囲をハラハラさせたことと思いますが、その時の大きく包み込むような、先生のまなざしが、私の人生の原点となりました。
地元の小学校へ進学後、私の人生に暗い影が差し込みました。父が悪性リンパ腫になり、48歳の若さでこの世を去ったのです。大きな悲しみとともに、信念をもって歩んで来たのに、裏切られたような不信感でいっぱいになりました。

その時、脳裏に蘇ったのが、私の原点である、あの夏の日の池田先生のお姿でした。不安や不信感を打ちはらうかのように、創価高校の受験を決意。猛勉強の末に合格し、迎えた、2002年4月8日、母と共に参加をした第35回創価高校入学式。
ご出席された池田先生は、中国の偉人・魯迅は、父を早く亡くし、苦労した分、偉大な指導者となったのだと、スピーチされました。私へお話し頂いたような指導に、深く感銘を受け、とにかく先生を信じて頑張ろうと決意しました。
そして、学園での薫陶を通し、父の死という苦難があったからこそ、今の自分がある。父は自らの命を賭けて、池田先生のもとへ送り出してくれたのだと、宿命即使命の人生を知ることができたのです。

その後、創価大学へ進学。卒業後は北海道に戻り、現在は、日本ハムファイターズのボールパーク構想で話題の北広島市役所に勤めております。
初めての配属先は、新人としては異例の、道路や公園の造成など、公共事業に必要な土地を、お譲り頂く、交渉役が私の仕事でした。
場合によっては、生活の基盤である家ごと移転をして頂くなど、責任も大変に重いものでした。まずは信頼を勝ち取ろうと、誠実に、粘り強く取り組み、多くの案件を契約に至らせることができました。そのことが評価され、2018年度からは市役所の中核の業務を担う、総務部・総務課へ最若手として配属。2019年度からは、保健福祉部福祉課へ配属されるとともに、32歳という北広島市役所としては異例の若さで主査(係長)職への昇格を果たすことができました。

地域の「三大城青年勝利太鼓」で演奏する松本さん

私の3兄弟は、全員、創価幼稚園出身。
長男は大手リサイクルショップの店長として活躍。次男は、創価幼稚園初の医師として、博士号を取得し、創価学園NEWS誌上でも以前、紹介頂きました。3兄弟とも創価幼稚園での薫陶を胸に、父の遺志を、また、3年前に亡くなった母の遺志を受け継ぎ、後継の道を歩んでいます。
これからも、私を育んでくださった創価幼稚園と関わってくださった教職員の皆様、何より創立者・池田先生にお応えする報恩感謝の人生を歩んでいく決意です。

平田 幸子さん(創価高校 34期生)

PROFILE

脳神経外科医

東京都生まれ。東京創価小学校・創価中学校・創価高校と一貫教育で学び、その後志望していた医学部へと進学。現在、脳神経外科の医師として大学病院に勤務。

創立者に、勝利を誓い、勝利をご報告する。

私は現在、脳神経外科医として大学病院に勤務しています。幼い頃から、医師として働く祖父の姿に憧れ、いつしか私も医師になりたいと思うようになりました。

医者という夢を初めて口に出したのは、創価小学校を受験した時でした。試験官の方から、「なぜ創価小学校に入りたいのですか?」と聞かれ、私は「池田先生のお役に立てるお医者さんになりたいからです」と答えました。私の夢が、創立者池田先生への誓いとなった瞬間でした。

運動会で宣誓する平田さん(中央)

東京創価小学校・創価中学校・創価高校と一貫教育で学び、学園時代には池田先生と沢山の原点を築かせていただきました。池田先生との初めての出会いは、池田中央体育館での記念撮影です。私たち学園生一人一人の顔を見て、笑顔で話しかけてくださる先生の姿を見た時、学園生に対する温かな真心に、感動でいっぱいになりました。その日から、必ず医師になって先生に勝利のご報告をしようと改めて決意し、大学の医学部合格に向けて勉強に励みました。勉強量は人の三倍と決め、毎回のテストの時には満点を目指して猛勉強。また、健康な体を作るため、栄養や睡眠などの体調管理も心がけ、小学校から高校まで一日も休まずに通いました。とても苦労しましたが、学園生時代に粘り強く学んだことが今の自分の土台となっていることを実感しています。
こうした努力を積み重ねた結果、念願であった医学部に合格。高校を卒業する3月16日の創価学園卒業式では、池田先生が校歌「草木は萌ゆる」の指揮を執ってくださり、渾身の激励をいただきました。大学入学後は、想像以上に大変な勉強が待ち構えていましたが、その度に、池田先生との誓いを思いおこし、負けじ魂で乗り越えました。そして、難関の医師国家試験の合格を勝ち取り、大学も一番の成績で卒業することができました。卒業時に、“創価高校出身”と紹介されたことが、一番の誇りとなっています。創立者・池田先生に自身の夢を誓い、目標に向かってどんな困難にも挑戦する。そして、勝ちました!と勝利のご報告をする。これが、学園生の夢を叶える秘訣だと、私は信じています。

現在、大学病院に勤務して10年目となります。脳卒中や、脳の腫瘍、てんかんなどの手術をしており、1回の手術にかかる時間は約10時間になることも。日々かなりの集中力が必要となりますが、池田先生からの激励を胸に奮闘しています。池田先生が私たち学園生を大切に見守ってきてくださったように、私も患者さん一人一人に寄り添い、心から大切にできる医師を目指してまいります。

手術中の平田さん

犬飼 希望さん(関西創価高校 32期生)

PROFILE

デポール大学講師

大阪府生まれ。関西創価高校、アメリカ創価大学に学び、デポール大学教育学博士課程に在籍しながら、デポール大学講師やデポール大学池田大作教育研究所研究員等を勤める。2020年の6月に博士号を取得予定。

世界中の子どもたちが創価の人間教育を受けられるように

父の仕事の都合で、幼少期はイタリアとイギリスで過ごしました。小学生の時に日本に帰国した後は文化の違いから学校での人間関係に悩みました。学校が嫌いでたまらなかった時に関西創価高校オープンキャンパスで見た学園生の生き生きと楽しそうな姿に惹かれ、受験を決意。32期生として入学することができました。原点となったのは高校2年時に行われた創価大学研修です。実行委員の一員として、学年一丸となって創立者のもとへ向かえるよう、日々奔走しました。研修最終日には、学年全員でパラグアイのイタプア大学から創立者に対する名誉博士号授与式に出席させて頂き、創立者に学年全員を「新世紀三十年会」と命名して頂きました。卒業後も毎年総会を開いており、私も海外責任者としてオンライン会議で総会を企画しています。

関西創価高校卒業後はアメリカ創価大学(SUA)に進学しました。在学中は創価教育学生研究プロジェクトに所属し、2009年には創価教育の歴史と哲学についてのパネル展示の企画運営に携わりました。4年次には学生主催の創価教育会議で、「中国における池田大作研究、 創価教育学体系の日本語原文と英訳の比較」という2本の研究論文を発表(2012年と2013年にそれぞれアメリカの教育学術誌に寄稿)しました。

アメリカ創価大学卒業式(両親と)

その後、創価教育を実践する教師になろうと決意し、クレアモント大学院に進学。教育の修士号とカリフォルニア州の小学校教員免許及びバイリンガル教育資格を取得し、カリフォルニア州グレンデール市の公立小学校で教員として採用されました。
2015年、SUA卒表時に創立者へ誓った「世界中に創価教育を広める」との誓いを胸に、改めて研究の道に進むことを決め、アメリカにおける池田・創価教育研究の第一人者である、ジェイソン・グーラー博士のいるシカゴのデポール大学に進学しました。

デポール大学には池田大作教育研究所があり、そこで最初の研究員として採用して頂き、池田・創価教育研究国際会議等のイベントの企画・運営に携わっています。また、2018年には、グーラー博士と共著で、池田先生の師であり、教育者であった戸田先生に関する初の英語論文と戸田先生の最初の著書の英訳を学術誌に寄稿。さらに世界初の修士課程プログラム「世界市民育成のための価値創造教育」では講師として教えています。

デポール大学池田大作教育研究所にて関係教授及び学生と

私の博士論文の研究は、“創価の視点から見た良い教師とは”について人間的な部分と教授法の両面から見ています。ボストンにあるイケダセンターの特別研究員としても、この研究に取り組んでおり、毎年全米の様々な教育学術会議において創価教育関連の研究を発表しています。2020年6月に博士号取得予定であり、創価教育の研究と実践を続けられる仕事を勝ち取る決意です。いつの日か世界中の子どもたちが創価の人間教育を受けられるように、との誓いのままに使命の道を歩んでまいります。

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